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大久保利通の法要に反発

 今年で没後140年を迎える大久保利通の法要を開催しようとしていた有志のグループが、反発を受けて法要の名称を変更するなどしていたそうです。

 大久保利通は薩摩藩の藩士で、明治維新の立役者の1人として有名です。その法要が何故反発を受けたかというと、問題は開催しようとしていた場所でした。そこは西郷隆盛の墓がある鹿児島市の墓地。

 大久保利通と西郷隆盛は、共に明治維新を成し遂げた同じ薩摩藩の同志でしたが、明治政府成立後は方針を巡って対立、袂を分かっていました。そして、明治政府を去った西郷隆盛は西南戦争の指導者となり、大久保利通のいる政府軍と戦って敗北して最後は切腹。十数年後に名誉を回復されるまで、賊軍の将としての扱いを受けました。

 その西郷隆盛、今も地元の鹿児島では絶大な人気があり、逆に大久保は西郷を死に追いやった人物として嫌われる風潮があります。没後100数十年を経た今でも両者の対立が影響しているのですから、どれほど地元の人の心に根ざしているかが伺えます。